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西野亮廣は天才じゃない

炎上芸人と呼ばれていた頃が懐かしくもある、キングコング西野亮廣さんですが、最近はめっきり燃えることがなくなりまた。

一昔前は一挙手一投足を取り上げられ燃やされ、ファンがそれに薪をくべる(ファンなのに擁護することなく積極的にリツイートしたりする)というキャンプファイヤーのような楽しみ方をするのが、いわゆる西野炎上でした。

楽しいキャンプファイヤー

その後、燃やされ続けて備長炭のように火が付きにくくなりましたが「少年革命家ゆたぽん」や「相方カジサック」が炎上するとなぜか西野氏が取り上げられ燃える

「炭に火をつけるときはまわりを燃やす」

もらい火という新しい燃え方を僕らに見せてくれました。

さて、そんな西野さんがよく言うのが「天才」です。

あ、自分で言っちゃうほうですね。

(↑自分で書いたブログ)

燃える天才西野亮廣

ちなみに、僕がファンになった頃(2017年)はまたまだ炎上の天才でした。
・可燃性
・持続性
・火力
どれをとっても一級品でした。

しかし、その後「革命のファンファーレ」というビジネス本のヒットを皮切りに、いわゆるビジネス層(起業家等)を中心にファンを増やしていき、この誰もが個人事業主になれる時代の共通の悩み「宣伝」「集客」「お金」を全く別の切り口でかつ本質的でわかりやすく解決していく凄まじい本です。

だが、それは2017年時点では凄まじい本でしたが2020年現在ではそこに書かれている事の一部は世の中のスタンダードな手法となり、革命のファンファーレは予言書へとシフトしてしまったのです。

ちなみに予言書と言えは糸井重里氏のインターネットが普及した世界をインターネットがほぼない時期に書いていた「インターネット的」と言う本も今読むとスゴイです。

西野亮廣の功績

さて、かいつまんで西野亮廣さんの結果を言うと


(画像:近畿大学卒業式より引用)
近代卒業式「西野亮廣伝説のスピーチ」動画はコチラをクリック

他にも

・ニューヨーク個展開催
・絵本無料公開で大炎上するも大ヒット
・ビジネス本の大ヒット
・リベンジ成人式
・兵庫県過疎地に3万人を呼ぶ個展開催(満願寺)
・日本人初エッフェル塔での個展開催
・東京タワー個展開催

等など、わかりにくいお笑い芸人としての評価ではなく、誰もがわかる数字が付随する結果を出しまくりました。

果たして西野亮廣は天才なのか?

もう天才でしょう。

じゃあ天才ってなんだろう?

僕らが人を天才と呼ぶにはネガティブな理由があるのです。

それは褒め言葉ではなくて

僕には才能がないなら結果が出ないんだ。
彼には生まれ持っての才能があったから結果が出るんだ

と言う自分がうまく行かない理由を正当化するために用います。

自分が何者でもないことを証明するには天才の存在が必要なんです。

そして、僕ら一般人と、いわゆる天才と言われている結果を出した人たちでは「天才の定義」がまるで違うのです。

あなたが思う天才とはどんな人?

あなたは天才と聞くとどんな人を想像しますか?

きっと少しの努力で人より結果を出しちゃう人」と考えてませんか?

例えばスポーツだったらいきなり上手いとか、音楽もちょっと練習したらすぐ上手くなったとかですね。

これってものすごい冷静に考えると才能と言うよりは器用って事ですよね。

そしていわゆる天才と呼ばれる人達は少しの努力で結果なんて出してないですね。

もう定義が違うのです。

結果を出せない人は、結果を出している人を「少しの努力で結果を出している」と思うフシがある

ですが天才達は努力が常態化しているの状態です。

努力が常態化している二人

とんでもない努力量

幻冬舎の編集者である箕輪厚介さんがとても印象的な事を言っていました。

「あの人たち(成功者)はそんだけやればそりゃあ成功するよってくらい努力してる」

と言っていました。

箕輪さんが言うには、堀江貴文さんや前田裕二さんの努力量は半端じゃなくて、そこまでやったら成功しないほうがおかしいと言えるほどなんだそうです。

そんな箕輪さん本人も
「会社員やりながら好き勝手なことやってるんだから、人の4倍くらい動くよ。そりゃそうでしょ」
と言っていました。

どうにも僕ら凡人は「天才は最小限の努力で成功を収めている」と考える傾向がありますが、成功者はまったくそんなことはないことが箕輪さんの言葉から伝わります。

西野亮廣の努力量

僕は西野亮廣さんの発信する情報の受け手ですが、とにかく発信量、行動量が半端じゃない。

よく本人も

西野亮廣
西野亮廣
たまに「それは影響力がある西野さんだからできるんですよ」と言われます。
でも、それを言うのは最低限僕と同じ努力をしてからですよね。
普通の人が僕と同じ生活をしたら三日で気が狂うと思いますよ

と言っています。

\「プロの思考量と努力量を侮るな」/
その話をしているボイシーはコチラ

西野さんは、こういう時に

西野亮廣
西野亮廣
才能以前に「お前そもそも努力してねぇじゃん」と思うことがある

とか言ってしまうんですね。

どうしてこういう事を言ってしまうんでしょうね?

ちなみに松井秀喜選手はこう言っていました。

「努力できる事が才能である」

とても素敵ですね。
大体同じこと言ってるのにだいぶ印象が変わりますね。

どうしても、西野さんの低好感度に引っ張られた文章になってしまいました。
いつもスイマセン。(もう好感度低くないのに…)

(画像:ゴッドタンより引用)

天才達は努力の塊

やはり、結論的には西野亮廣も松井秀喜も天才です。

ですが、それは僕ら凡人の「少ない努力量で結果を出す人」という定義ではなく

「努力するのなんて当たり前の世界で結果を出している人」がいわゆる天才の定義ではないのでしょうか?

でも、西野さんは自分を天才天才とふざけて言っていますが、本当に努力の人なので結果が出なければ

西野亮廣
西野亮廣
努力の方法を間違った

といってまた別の努力をすような人です。

僕は西野さんのあるセリフで

かめぴょん
かめぴょん
あ、この人天才じゃない

と思いました。

それは

西野亮廣
西野亮廣
努力は質より量です。
量をこなさなきゃ質なんてあがりゃしない

どうやら、成功だけがピックアップされますが、その数十倍失敗しているようです。

天才西野亮廣のまとめ

ちょっとまとめとしては小難しい言い方になります。

西野亮廣は天才界では天才だと思います。
※天才=努力の上で結果を出す人

ですが、一般界の天才ではないのだと思います。
※天才=少量の努力で結果を出す人

そして、僕らは西野亮廣に「一般界の天才」であって欲しいと願うのです。
西野亮廣は努力せずにイケメンでヤリチンであってほしいのです。

なぜなら

彼には才能があったから結果が出て、僕にも同じ才能があれば成功していたに違いない

と言い聞かせなきゃ、現在の自分のアイデンティティを保てないのです。

なので、西野亮廣は僕らが考えるような努力しないタイプの天才ではないというまとめでした。

え?

どうして、かめぴょんはこんなにおもしろい文章書けるのかって??

かめぴょん
かめぴょん
うーん…

多分天才なんだと思います。

西野亮廣エンタメ研究所
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